――百回書いても同じ人物でいるために、何を決めておくか
AIと小説をつくる仕組みを紹介する、全8回連載の第5回です。
前回の 「文体を『憲法』にする — 自分の文章を分解し、直した理由をルールへ戻す」 では、文章の書き方を、判断できる規則にする話をしました。 今回は、その文章の中で生きる人物をどうつくるかです。
『13歳、わたしはお金持ちになると決めた。100の問い』には、ルミと莉子という二人の主人公がいます。 百回にわたって二人を書いていくには、書く日や担当するAIが変わっても、 その人物の行動を選ぶ根拠が必要になります。
私が中心に置いているのは、「キャラクターは、何を願っているのか」という問いです。 その願いを持つ人間を、とことん具体的に想像するところから、キャラクターの設定を始めています。
1.人物を、暮らしと関係からつくる
マインドマップで、人物の輪郭を広げる
キャラクターを考えるときには、マインドマップを使うこともあります。 ひとりの人物を中心に置いて、性格や家族関係、関心のあるものなどを広げながら、 その人の輪郭を探っていきます。生年月日も合わせて考えます。
設定を考えている段階では、本文に出すかどうかだけで情報を絞りません。 どんな毎日を過ごしてきたのか。何を見て育ち、何を当たり前だと思っているのか。 実際にそこにいる主人公たちを想像できるところまで、書き込んでいきます。
人物設定には、「見ているもの」「考えていること・感じていること」「痛み・不安」などの項目があります。 性格を表す言葉に加えて、その性格がどんな場面で、どんな反応として現れるかを考えるためです。
子供の人物像は、家族と一緒に考える
ルミと莉子は、家族との関係の中で育ってきた子供です。 二人の性格を考えるときには、両親やきょうだいとの関係も合わせて考えます。
たとえば、ルミは一人っ子で、莉子には10歳上の姉がいます。 同じ「莉子の姉」に会っても、二人にとっての意味は違います。 ルミには憧れの対象でも、莉子にはずっと同じ家庭で暮らしてきた相手です。
この関係の違いがあれば、同じ言葉を聞いたときの反応も変わります。 人物を単独で細かく設定することに加えて、 誰の前にいるとき、どんな自分になるのか を考えておきます。
一方で、両親には名前をつけず、「父」「母」として物語を進める試みもしています。
両親は重要な登場人物です。 ただ、大人たちの存在が大きくなりすぎると、主人公たちがかすんでしまうことがあります。 家族の人物像は考えながら、読者の目が二人へ戻るように、本文での見せ方を選んでいます。
2.違う願いを持つ二人で、物語を動かす
名前を変えただけの二人にしない
同じ性格で、同じことを考える人を二人並べても、掛け合いは動きにくくなります。 そこで、ルミと莉子は、できるだけ正反対に近い人物として考えました。
出発点から、二人は違います。
| 人物 | 出発点 | 抱えている不安 |
|---|---|---|
| ルミ | お金があれば、遠慮しなくていい | 自分は選べているのか |
| 莉子 | 好きなことがわからない | 選択肢が多すぎて、決められない不安 |
ルミには、手に入れたいものがあります。 莉子は、選択肢があっても、自分が何を選びたいのかを決められずにいます。 この違いを持つ二人が、一緒に何かを始める。 同じ出来事を見ても、先に気になることや、口にする言葉が違ってきます。
その掛け合いや重なりの中で、物語を動かしていくことにしました。
ただし、何もかも反対にすればよいわけではありません。 二人が一緒にいようとする理由も必要です。 違う人間が、どこで相手に惹かれ、どこで噛み合わなくなるのか。 その関係まで考えて、二人を置きます。
願いを、会話と仕草の根に置く
人物を人間らしくするうえで、私がいちばん大切にしているのは、願いを持ってもらうことです。
この人は、一体何を願っているのか。 その願いがあるから、相手に声をかける。言わなくてもよいことを言う。手を伸ばす。逆に、口を閉じる。 会話や仕草の根に、本人が求めているものがあると考えています。
実際の設定には、ルミが店のメニューを開いたとき、右側の数字を先に見るという描写があります。 「お金があれば、遠慮しなくていい」という出発点が、視線の動きに現れています。
願いの内容を、毎回読者に説明する必要はありません。 その人が何を見て、どう動くかに表れていればよい。 書く側では願いを確認しながら、読む側には行動を渡します。
また、人物には、自分でも見えていないことがあります。 設定を知っているAIが、本人より先に理解の整った台詞を書いてしまうと、その人物から離れてしまいます。 そこで、人物ごとに、まだ気づかせないことや、させないことも定めています。
前回扱った「書かないほうの基準」が、ここでは一人ひとりの人物に結びつきます。
3.書いたあとに、その人らしさを確かめる
確認役に、願いと行動を見てもらう
人物設定を書いたら、それを渡して終わりにはしません。 できあがった物語でも、その人物らしさが保たれているかを確認します。 この確認役は、AIエージェントにも任せています。
確認用のファイルには、たとえば次の項目があります。
- ルミは、この場面で自分から何かをするか。
- 欲望と弱点が、場面の中にあるか。
- 台詞・行動・身体の動きで個性が出ているか。
- 前の回の自分と比べて、どこか変わっているか。
「ルミらしいか」という問いを、本文のどこを見れば判断できるかという形にしています。
体験を重ねれば、できることも話し方も変わります。 その変化が、ここまで生きてきた本人につながっているかを確かめます。
設定と一致していても、その人物が言うとは限らない
第1回「AIが働く環境をつくった一年」 で紹介したキャラクターエージェントも、この確認に使いました。 AIに人物になりきってもらい、ストーリーや会話文を読んでもらう方法です。
ここで防ぎたかったのは、 設定とは矛盾しなくても、ストーリーを進める都合で本人に言わせてしまうこと です。
性格や知識に合う台詞でも、その相手に、その場で、その言い方をするとは限りません。 何を言うかに加えて、言いたいのか、隠したいのか、いま口にできるのかを考える必要があります。
そこで、設定との一致を見る確認に加えて、 「自分なら本当にこう話すだろうか」という立場でも読んでもらいました。 人物の願いと、その場の言葉のつながりを検討するためです。
この方法の効果を具体的に示すには、元の会話文、AIの指摘、採用した修正を並べて記録する必要があります。 ここでは、確認のために取り入れた方法として紹介しています。
変わったことにも、適用する時期を持たせる
人物を長く書くと、設定の扱いを変えることもあります。
ルミには、考えるときに親指の爪を撫でる癖がありました。 この描写は問い40までとし、問い41以降は使わないと決めています。 癖も、いつまでも繰り返す印にはしません。 使わなくなったことを記録しておかないと、AIが古い設定から再び持ち出してしまいます。
後半の人物像も、前半の項目を上書きせず、別の項目として加えています。 どの時期の人物を書くのかに応じて、参照する設定を変えます。
以前の人物像と、そこから変わった人物像。 その両方を残すことで、変化をたどれるようにしています。
4.詳しく設定することと、公開することを分ける
人物を深く想像するほど、設定には、その時点の読者へ渡せない情報も含まれます。 そこで、公開する範囲も運用として決めています。
ファイルごとに設けている区分は、次の三種類です。
| 区分 | 扱い |
|---|---|
| 公開可 | 共通の確認を行い、公開用の写しを作る |
| 要マスク | 指定された範囲を伏せ、公開用の写しを作る |
| 非公開 | 公開しない |
この区分と、伏せる範囲や理由を管理する場所を決めています。 公開のたびに思いつきで判断せず、どこまで出せるかを確認できるようにするためです。 「公開可」であっても、確認なしに原本をそのまま出すという意味ではありません。
内部の原本を保持し、公開用の写しを作って内容を確認する。 記事や教材に編集する場合も、同じ基準を使います。
社内で判断するために必要な情報と、社外に出す資料の情報は一致しません。 何を出せるか、その判断をどこに記録するか、誰が公開前に確認するか。 AIに資料を扱ってもらうときにも、この線引きは人が決めておく必要があります。
人物を詳しく設定することと、その設定をどこまで見せるかを決めることは、つながっています。 制作には必要でも、読者にはまだ渡さない情報がある。 その区別まで含めて、設定を管理しています。
設定ファイルには、その判断の根拠を残していきます。 別の日の自分や、担当の違うAIにも、同じ人物から考え始めてもらうためです。
関連する設定ファイル
character_check.md
主人公の主体性、欲望と弱点、台詞や身体の動き、人物同士の関係、前の回からの変化を 確認するためのファイルです。 執筆前と講評時に参照し、気になる箇所を具体的な台詞や行動に即して検討します。
人物設定そのものは公開していません。 この記事では、設定を組み立てる考え方と確認の方法を紹介しました。
前回: 文体を「憲法」にする — 自分の文章を分解し、直した理由をルールへ戻す
次回: 「時系列と確定事実 — 矛盾はここで起きる」