――100回書き継ぐために、何を記録し、書く前にどこへ戻るか
AIと小説をつくる仕組みを紹介する、全8回連載の第6回です。
前回の 「人物をぶらさない仕組み — キャラクターは、何を願っているのか」 では、人物の願いや家族関係を設定に書き込み、同じ人物から考え始める仕組みを紹介しました。 今回は、その人物が生きている時間と、すでに起きた出来事の話です。
AIは、物語のどの時点の場面でも書くことができます。 ただし、生成された場面が、それまでの時間の流れに合っているとは限りません。 前の回から何日たったのか、持っていた物は誰に渡したのか。 そうした事実を引き継がなければ、続けて読んだときに食い違いが出てきます。
そこで、先に物語の時間軸をタイムライン、つまり年表として設定しておきます。 物語を書き進めるたびに、いつ、何が起きたのか、確定した事実を書き残します。 次のシーンを書くときには、その記録を見て、前の出来事から何日たったのか、 その間に何があったのかを確かめます。
100回にわたる物語の続きを書くには、登場人物がそれまでに経験したことを引き継ぐ必要があります。 タイムラインは、そのための設定ファイルです。
それでも、記録を用意するだけでは矛盾を防ぎきれません。 今回は、実際に起きた食い違いをたどりながら、確認が抜けやすいところと、それを確かめる工夫を紹介します。
1.タイムラインに、人物が経験したことを残す
時間の流れと、確定した出来事を分ける
最初に決めるのは、物語全体の時間の流れです。 何年生の、どの季節から始めるのか。次の章までに、どのくらい時間がたつのか。 まず、その見通しを置きます。
ただし、これから書く予定と、すでに本文で起きた出来事は同じではありません。 予定は設計として持ち、書き終えて承認した出来事を、確定した記録として残します。
タイムラインには、各回の学年、季節、経過時間と、その回に何が起きたかを記録します。 次を書くときは、最後に確定した出来事から続きを考えます。
日付だけでなく、人物の記憶を引き継ぐ
この作品では、タイムラインと合わせて、用語集も使っています。
| 記録先 | 確かめたいこと | 記録する内容 |
|---|---|---|
| タイムライン | いつ、何が起きたか | 学年、季節、経過時間、確定した出来事 |
| 用語集 | 日付や呼び名、物の状態はどうなっているか | 誕生日、数字、呼称、小道具の状態と根拠 |
用語集という名前ですが、言葉の意味だけを集めているわけではありません。 次の回を書くときに、記憶や推測で補ってはいけない事実を置いています。
たとえば、ルミの誕生日は4月22日です。 用語集には日付と初出の回を、タイムラインには、その誕生日に何が起きたかを記録します。
次の回を書くときには、年齢だけでなく、ルミがその日に何を経験したかも確認できます。 誕生日の出来事を、ルミ自身の記憶として、その後の会話や行動につなげていくためです。
小道具にも履歴が必要です。 問い44に登場する莉子の紙袋は、用語集に「渡されないまま莉子が持ち帰った」と記録されています。
紙袋が登場したことだけを覚えていても、その後の場面は書けません。 誰が持っているのかまで確かめる必要があります。 この記録があれば、ルミが受け取ったことにして続きを書くのを防ぐ基準になります。
承認した内容を、記録へ戻す
草稿は、改稿によって変わります。 そのため、草稿に書いたことをすぐに確定事実として登録すると、 最終的な本文と記録が食い違うおそれがあります。
そこで、原稿の承認時に、確定稿の保存とタイムライン・用語集の更新を一組で行う運用にしています。
問い44の紙袋についても、次の回へ引き継ぐのは、確定稿に基づく「渡されず、莉子が持ち帰った」という状態です。 書く途中で考えた可能性と、本文で確定した出来事を混ぜないようにします。
次を書く人やAIが参照する場所まで更新して、承認の処理が終わります。
2.記録した数字や設定と、次の場面を照合する
数字にも、出どころがある
日付や出来事に加えて、数字も引き継ぐ必要があります。
問い51からの後半では、二人が事業に取り組む中で、価格や数量、作業時間など、さまざまな数字を扱います。 調べた数字なのか、試算のために仮に置いた数字なのかを区別するため、数字を四種類に分けました。
| 種類 | 何を表すか | 確認する根拠 |
|---|---|---|
| 外部調査値 | 外から調べた価格や制度上の数値 | 出典、確認日、適用条件 |
| 仮定値 | 試算の入力や実験の目標 | 誰が、どんな条件で仮に置いたか |
| 作中の観測値 | 物語の中で作った数、売れた数、かかった時間 | 本文の場面や作中の記録 |
| 既存設定値 | 年齢や日付など、すでに決めてある値 | 設定の正本と確定稿 |
販売個数なら、試算のために置いた個数と、物語の中で実際に売れた個数を区別します。 どちらも単価を掛ければ売上を計算できますが、前者は売上の見込み、後者は作中の販売結果です。
仮に置いた個数を、売れた個数として引き継いではいけません。 記録には、「試算のための仮定」なのか「作中で売れた結果」なのかも残します。
確認する先も違います。 外から調べた価格なら出典へ戻り、作中の販売個数なら、その販売を描いた本文へ戻ります。 ルミの誕生日なら、用語集を確認します。
また、作中の販売結果を、現実の事業の実績として記事や教材で紹介しないことも決めています。 数字の出どころは、執筆中だけでなく、作品の外で説明するときにも必要です。
試算のために置いた数字と、実際に出た数字は、資料の上では同じ形をしています。 区別して記録しておかないと、見込みが次の資料では実績として引き継がれます。 数字を残すときに、それがどこから来た値かも一緒に残す。 AIに資料を作ってもらうときほど、この区別は人が決めておく必要があります。
学校の設定と、進路の話題が合わなかった
記録があっても、それを場面と読み比べなければ、食い違いは見つかりません。
第2回「AIに長編小説を書かせ続けるために、設定ファイルを16個に分けた話」 では、学校の設定と、場面で使った進路の話題が合わなかった見逃しを紹介しました。
二人の学校は、中高一貫校という設定です。高校受験はありません。 ところが、教室の会話だけを読んでいると、学校の前提に合わない進路の話題でも、 中学生の会話として通ってしまいます。
「中学生なら、こういう話をするだろう」という感覚だけでは、 この学校に通う二人の会話として合っているかを確かめられません。
必要なのは、次の順序で読むことです。
- その場面で、二人は何年生なのか。
- どのような学校に通っているのか。
- その学校の、その学年で、場面の進路の話題が成立するか。
いまの設定には、高校受験がないことに加えて、 コース分け、学年順位、模試、塾、その先の大学が進路の話題になることも記しています。
学校の前提を確かめると、将来への焦りを描くときにも、どの話題を使えるかが具体的になります。
当時の確認担当が何をどこまで読んだかは、記録なしに断定できません。 ただ、防ぐために必要な工程は示せます。 設定を読むだけで終わらず、そこに書かれた条件と、実際の台詞を読み比べること です。
食い違ったら、どちらを正とするか
読み比べると、設定ファイル同士で、適用する時期の違う指定が見つかることもあります。
前回紹介したルミの身体の癖が、その一例です。 初期の人物設定には、考えるときに親指の爪を撫でる癖があります。 一方、後の指定では、問い41以降は使わないと決めています。
初期設定にあるからといって、問い41以降の場面で再び使ってよいわけではありません。 対象となる回に適用される指定を優先します。
その判断を毎回やり直さなくてよいように、設定の優先順位をあらかじめ決めています。 優先順位を確認しても判断できない場合は、推測でつなげず、確認が必要な箇所として止めます。
ここまでは、書いている場面を、その外にある記録と照合する話です。 ところが、同じ設計書の中で、回の役割や内容が食い違う場合もあります。
3.書き直したら、設計書全体を読み直す
一日で、三つの食い違いが見つかった
ある章の設計を、版を重ねて直していたときのことです。 通し読みをすると、一日で三つの食い違いが見つかりました。
| 見つかったもの | 食い違いの内容 |
|---|---|
| 章の役割 | 次章へ移したはずの役割を、先取りする回が残っていた |
| 回の分担 | 一つの回に、作る工程と渡す工程が同居していた |
| 旧設定 | 外したはずの設定が、別の箇所に残っていた |
一つの回に作る場面と渡す場面が両方あると、その回だけでは成立していても、 次の回へ何を残すかが曖昧になります。
このときの修正では、渡す場面をその回に残し、製造の場面を次の回へ移しました。 作中で製造せずに渡したという指摘ではなく、どの工程をどの回で描くかという分担の修正です。
最新のファイルの中に、古い案が残る
設計を変更するときには、まず変更の中心となる箇所を直します。 章の目的を変える。ある工程を別の回へ移す。使わない設定を外す。
しかし、変更した内容が、別の回の説明や、章全体のまとめにも書かれていることがあります。
今回も、章の役割を変更した一方で、個々の回には以前の役割を担う記述が残っていました。 冒頭の方針を直すだけでは、各回の中身までそろったことにはなりません。
版を重ねるほど、同じ文書の中に、異なる時点の判断が混ざる可能性があります。 最新のファイルを使っていても、その中に古い案が残っていることがあります。
この種類の食い違いは、ファイル同士の優先順位だけでは解けません。 同じ設計書の冒頭と後半で話が違っているなら、その設計書を最初から読み直す必要があります。
二種類の矛盾を、別々に確かめる
制作を続ける中で、矛盾には二種類あると考えるようになりました。
ひとつは、書いている場面が、別のファイルにある設定や確定済みの出来事と食い違うこと。 学校の前提と進路の話題が合わなかった件が、これにあたります。
もうひとつは、同じ設計書の前半と後半で、回の役割や内容が食い違うこと。 一つの回に二つの工程が入っていた件や、外したはずの旧設定が残った件が、こちらです。
| 矛盾の種類 | 確かめ方 |
|---|---|
| 別の設定や確定稿との不一致 | 関係する記録まで戻り、場面と読み比べる |
| 同じ設計書の中の不一致 | 全体を読み直し、回の役割や古い案の残りを確かめる |
用語集に紙袋の持ち主を記録していても、次の回を書く前に確認しなければ、その状態を引き継げません。 設計書を最新版にしても、次章へ移したはずの役割が別の回に残っていれば、そのまま本文になるかもしれません。
記録を残すことと、その記録を使って確かめること。 この二つを一緒に決めておく必要があります。
別の日の自分も、担当の違うAIも、その時間の続きから書き始められるようにしています。
次回は「評価エージェント4つの作り方と、点数の意味」。 確認する観点を分けると何が見え、点数では何が決まらないのかを扱います。
関連する設定ファイル
10_timeline.md
各回の時期、季節、経過時間、確定した出来事を記録します。 次の回を書く前に、時間のつながりと、人物がそれまでに経験したことを確認するためのファイルです。
12_glossary.md
日付、数字、呼称、小道具の状態など、継続して参照する確定事実と根拠を管理します。 原稿の承認時に、タイムラインと合わせて更新します。
00_priority.md
設定同士が食い違った場合の優先順位と、新旧の指定の扱いを定めます。
14_simulation_phase_q51_100.md
後半の執筆規約を定めるファイルです。 この記事で紹介した数字の四分類と、種類ごとの根拠の確かめ方も記しています。
これらのファイルを記事や教材に使う際には、公開区分に従って、予定や非公開情報を除いた内容を扱います。
前回: 人物をぶらさない仕組み — キャラクターは、何を願っているのか
次回: 「評価エージェント4つの作り方と、点数の意味」