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#2:勉強以外で学んだ大事なことは何?
#2:勉強以外で学んだ大事なことは何?
チャイムが鳴り終わると、むわっとした夏の空気が廊下に流れ込んできた。外はまだ明るく、校庭のアスファルトは熱を手放さないままだ。
ルミと莉子は汗をぬぐいながら並んで帰った。並木道の上からは、蝉の声が絶え間なく響いている。しばらく歩いたあと、莉子がぽつりと言う。
「昨日も言われた。“好きなことをやりなさい”って」
「お父さんに?」とルミ。
「うん。“好きなこと見つければ人生うまくいく”って。でもさ……どうやって見つけるの? みんな簡単に“好き”とか“得意”とか言うけど、わたしにはピンとこないの」
莉子の声は少し震えていた。その揺れは、夏の空気のせいだけではなかった。
「わたし、何が好きなのか分かんないんだよ。ルミみたいに勉強も好きじゃないし……」
ルミは足を止めた。湿った風がふたりの髪を揺らした。
「え? 勉強って……わたし、“好き”だからやってるわけじゃないよ。なんか、不安だからやるって感じ」
「不安?」
莉子が顔を上げる。
「うん。テストが近いとそわそわするし、やらないと将来どうなるんだろうって思うから」
「……そっか」莉子はうつむく。
“好きじゃないのに続けてる”という事実が、むしろよけいに自分を追い詰めるように感じたのかもしれない。
横断歩道の信号が青に変わり、ふたりはゆっくりと歩き出した。ルミはふと思いつき、言葉を探すように話し始めた。
「……ねぇ、好きなことってさ、ひとりで部屋の中でうーんって考えても出てこないんじゃないかな。誰かと話してるうちに、“あ、これかも”って気づくものなんじゃない?」
莉子は驚いたように目を瞬いた。
「人と話して……?」
「この間だってそうだよ。莉子が“テストがなんで大事なのか分かんない”って言ったとき、わたし、自分でも気づかなかったモヤモヤに気づいたの。“じゃあ勉強って何のため?”って」
莉子とルミはしばらく黙って歩いた。蝉の声だけが、二人の影を追いかけるように響く。
「……わたしにも、そういうこと、あるのかな」
莉子の声は弱かった。不安はまだ、ぜんぜん晴れていない。
「あると思うよ」
ルミは即答したが、その優しさが届いたかどうかは分からなかった。
莉子は小さく笑おうとしたが、うまくいかなかった。
「……見つかるのかな。ほんとに。みんなは“好き”って言えるのに、わたしだけ分からないの……」
その言葉は、まるで胸の奥の重たい鍵を、ぎゅっと握りしめたまま話しているような声だった。
ルミは隣で歩きながら、莉子の不安が“ひとつの返事で晴れるようなものじゃない”と悟った。夏の空気みたいに重く、でも確かにそこにあるものなのだ。それでも、ルミの中には新しい気づきが生まれつつあった。
(人って……話してるだけで、気持ちがちょっと動いたり、
相手のひと言で、自分でも気づかなかった気持ちが見えてきたりするんだ。
なんか……こういうのも“学ぶ”っていうのかな。)
その思いは、まだ形にはならないけれど、胸の奥でゆっくり揺れ始めていた。
夏の風に吹かれながら家に帰り、ルミはシャワーを浴びて汗を流すと、リビングのテーブルでノートを開いた。さっきの莉子との会話が、胸のどこかでずっと揺れている。スマホのスピーカーをオンにすると、Graceの落ち着いた声が流れた。
Grace: ルミさん、帰り道で感じたこと、教えてもらえますか?
ルミはノートに目を落としながら、小さく息を吐いた。
ルミ: 莉子がね、「好きなことが分からない」って言ってて……わたし、どう返していいか分からなくて。でも話してるうちに、“人と話すことで見えるものもあるんだ”って思ったの。
Graceはやわらかく肯定する。
Grace: すばらしい気づきです。教科書の勉強は知識を得ること、そして得た知識で未来の可能性を広げることでしたね。
ルミ: うん、お父さんが言ってたやつ。「知は力なり」って。
Grace: では――勉強以外で、何か得た“知識”はありますか?
ルミ: えっ……“勉強以外”? うーん、そんなふうに考えたことなかったかも。
Graceはヒントを送る。
Grace: ヒントです。“人との関係の中でしか学べない知識”がありますよ。
ルミ: 知識? 人との関係から?
Grace: ええ。思いやり、信頼、勇気、許すこと。数字や英単語のように暗記はできないけれど、経験の中で育つ“心の知恵”です。
ルミは、ふと記憶をたどるように表情を変えた。
ルミ: ……あ、あるかも。運動会の応援団でね、莉子と一緒に副団長になったの。あんまり話したことない子だったから、最初はちょっと苦手で……まじめすぎて話しづらいと思ってた。
父親: そんなふうに感じていたんだね。
ルミ: うん。でも、わたしが振り付けミスして落ち込んでたとき、莉子が「ルミが一生懸命なの、ちゃんと伝わってるよ」って言ってくれたの。それがすごくうれしくて……一気に距離が縮まったんだ。
ルミはそのときの夕陽と汗の匂いまで思い出したように言葉を続けた。
ルミ: そこから、苦手って思ってた人とも向き合えるようになった。体育祭が終わる頃には、ふざけ合うくらい仲良くなってたし。人って……見た目とか最初の印象だけじゃ分からないんだなって。
Graceは静かに言葉を添える。
Grace: それが“学び”です。人との関わりの中で育った心の知恵が、ルミさんの中に確かに芽生えていますね。
ルミは小さくうなずいた。
ルミ: もしあのとき体育祭がなかったら、わたし、たぶん今も“合わなそうな人”を避けてたと思う。あの子が声をかけてくれなかったら……気づけなかった。Grace: 勉強だけが学びではないと気づけると、人生はもっと豊かになります。
“人と向き合う経験”は、心の知性を育ててくれますから。
ルミはノートにひとこと書き足した。
【Grace の問い(親子で10分)】
1)あなたが最近“人との関係”から学んだ心の力を、ひと言で書いてください(例:思いやり/信頼/勇気 など)。
2)その力が役立った具体的な場面を1つ、昨日〜1週間以内の出来事から挙げてください。
3)明日、その力を誰に・どこで・どんな言葉/行動で使うかを1つ決めてください。
【落とし穴(3つ)】
1)抽象的な美談だけで終わる(具体がない)。
2)自分を大きく見せる/他人を下げる語りになる。
3)“学び”が行動に結び付かず、記録も残さない。
【確認用チェックリスト(3項目)】
□ 心の力が1語で書けた。
□ 直近の具体例が1つ書けた。
□ 明日の相手・場所・言葉(または行動)が特定できた。
【今日の振り返り(見本・100字)】
学びは教科書の外にもある。人と向き合う経験は、思いやりや信頼といった心の力を育て、未来の選択を支える資産になる。明日はクラスメイトに1つ感謝を伝え、行動と気持ちの変化を「お金ログ」に記録する。
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問い#2:勉強以外で学んだ大事なことは何だろう? |
#1:勉強って何のためにすると思う?
#1:勉強って何のためにすると思う?
ナナがリードを鼻先でつついた。
今日はいつも通り散歩へ出るが、ルミはリードを握りながら、どこかそわそわしていた。期末テストが一週間後に迫っているのだ。
外は夕暮れ。アスファルトには昼の熱がまだこもり、街路樹の影が長く伸びている。歩くたびにルミの頭の中では、「勉強しなきゃ」という小さな声が響いていた。
公園に着くと、ルミは遠くに友だちの莉子を見つけた。
「お父さん、ナナお願い!」
そう言って父親にリードを預けると、ルミはぱっと表情を明るくして駆け出した。一方の莉子は、夕空をのんびりと見上げている。ルミが近づくと、ようやく気づいて笑った。
「莉子、今日このあと勉強しなきゃで……」
ルミが言いかけると、
「また? テストなんて、なんとかなるよ〜」
莉子は悪気なく笑った。
(……なんとか、なる?)
ルミは胸の奥がチクリとした。莉子の家は裕福で、ピアノもタブレットも最新の家電もそろっている。莉子のお父さんは会社を経営し、家にはお金の心配がない。“勉強しなくてもなんとかなる世界”を、莉子は本当に生きている。
でも――。
「なんで、なんとかなるの?」
ルミは聞かずにはいられなかった。莉子は肩をすくめる。
「だって、お父さんが“進学とかは好きにしなさい。自分の道を見つければいい”って言うし。お金の心配もしなくていいって」
その言葉は、ルミにはまぶしく、そして少しだけ苦かった。
「勉強って……しなくてもいいの? しなきゃいけないんじゃないの?」
ルミは自分にしか聞こえない声でつぶやいた。
莉子は立ち止まり、ルミの顔をのぞき込む。
「ルミはすごいよ、ほんと。いつも勉強してて。でも……私は、テストがなんで大事なのか分かんない」
その瞬間、ルミの胸の奥に、ぽっと小さな火花が灯った。
(私……なんでこんなに勉強のことで不安になるんだろう?
勉強すると、何が増えるんだろう?
勉強しないと、何が減るんだろう?)
まだ言葉にならない“問い”が、ルミの中で静かに形をつくり始めていた。公園を一周するあいだ、ルミは黙ってナナの背を撫で、私は歩幅を合わせた。
家に戻る頃には、ナナは満足したように尻尾を振り、ルミも少しだけ表情が落ち着いていた。玄関で靴を脱ぐと、ひんやりした室内の空気が頬を冷やす。
「なんか……さっきの話、ちょっと気になる」
ルミはぽつりと言った。
「そうか」
父親はうなずき、ルミが自分のペースで考えられるよう、何も言わなかった。
リビングのテーブルには、朝のうちに置いておいたノートとペンが並んでいる。
照明が木目をやわらかく照らし、ナナはソファの足元で丸くなった。ルミは深呼吸して、スマホのスピーカーをオンにした。
「Grace、今日……ひとつ、問いを見つけたよ」
Grace: いいですね。散歩のあいだに、何か心に引っかかったことがありましたか? それが、問いの芽になります。
「うん……なんで私は“勉強しなきゃ”って思うんだろう? 勉強すると、何が増えるんだろう? 勉強しないと……何が減るんだろう?」
ルミは散歩中、莉子が言った言葉を思い返していた。
──『テストなんて、なんとかなるよ〜』
──『私は、テストがなんで大事なのか分かんない』
その「なんとかなる」という軽さと、「分かんない」という正直さが、ルミの胸にずっと残っていた。
Graceは、そんなルミの揺れをそっと受け止めるように促した。
Grace: その中で、一番“今のルミさんが知りたいこと”はどれですか?
ルミはペンを握り直し、静かにノートを開いた。リビングの照明がテーブルの木目をやわらかく照らし、麦茶のグラスの外側にはうっすら水滴がにじむ。ナナはソファの足もとで丸まっていた。
ルミは息を整え、ぽつりと言った。
「……勉強って、何のためにするんだろう」
Graceは静かに問い返す。
Grace: 勉強って、テストの点のため? 将来いい会社に入るため? それとも──もっと違う理由があるのでしょうか。
ルミは少し考えてから口を開いた。
ルミ: ……これまでは“いい大学に入るため”って思ってた。いい大学に入れば、いい会社に入れるし。
Graceが続ける。
Grace: では、いい会社に入ると、お金持ちになれますか?
その問いに、ソファにもたれていたルミの肩がすっと起きた。莉子の「なんとかなる」という言葉が重なる。
ルミは、ふと気づいたように言った。
ルミ: ……違う。
“いい会社に入ること”と“お金持ちになること”は別だ。
ルミ:たぶん私、勉強の意味が分からなくなったんだ。だって莉子は勉強しなくても“なんとかなる”って言ったし……。お金持ちになることと勉強って、関係ない気がして。
父親が口を挟んだ。
父親: それはどうかな。確かに“いい会社”と“お金持ち”は同じじゃないけど、勉強しなくて“お金持ちになる”のは難しいんじゃないか?
Graceが静かに言葉を重ねる。
Grace: 約束です。お父さん、ルミさんが見つけた答えを否定しないでください。では──ルミさん、続けてください。
ルミは自分の気持ちを探るように語った。
ルミ: ……ずっと“テストがあるから勉強するもの”って思ってた。でもテストのための勉強って、なんか……違う気もして。
Graceはうなずいた。
Grace: テストは“今の理解度”を測るためのものです。そして勉強の本当の目的は、“未来を選ぶ力”を育てることなんです。
父親がつぶやいた。
父親: なるほど。“知は力なり”ってことか。
ルミが振り向く。
ルミ: 何それ?
父親: 知識は人の力になって、社会を新しくする力にもなるってことだよ。
Graceが説明をつなぐ。
Grace: そうです。価値を見抜ける人は、価値を生み出す人になれます。お金は、価値のあるところに集まるのです。
ルミ: ……ちょっと難しい。
Graceは言葉を選び、少しやわらかく話した。
Grace: 勉強は“見る目”を育てます。見えなかったチャンスが、見えるようになるんです。
ルミ: 見る目を養う……か。
父親: つまり、他の人が見過ごす価値に、先に気づけるってことだね。
Graceは静かにうなずいた。
Grace: 勉強は、あなたの可能性を広げるものでもあります。
ルミは、ようやく心の中のもやもやが言葉になるのを感じた。
ルミ: ……分かった。未来の可能性を広げるためなら……私、ちょっとやる気出るかも。
【Grace の問い(親子で10分)】
1)あなたにとって「勉強」の目的を、ひと言で書いてください。
2)最近“勉強して得た知識”で、実際に得した/助かった体験を1つ挙げてください。
3)その知識を使って、明日できる小さな行動を1つ決めてください。
【落とし穴(3つ)】
1)目的が「点数」「進学」だけで止まる。
2)抽象論だけで、身近な例に落とさない。
3)親が先に“正解”を言ってしまい、子の言葉が育たない。
【確認用チェックリスト(3項目)】
□ 目的が自分の言葉で1行に書けた。
□ 具体例が“昨日〜1週間以内”の出来事で示せた。
□ 明日の行動が、時間・場所・方法まで決まっている。
【今日の振り返り(見本・100字)】
勉強は点のためではなく、未来を選ぶ力を育てる営み。価値を見抜き、生み出す目を養うほど、選択肢は増える。明日は「家の中の不便」を3つメモし、1つ改善策を試す。
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問い#1:勉強って、何のためにする? |
